Mountain-Times~うどんと登山日記~

猫(名称:うどん 種類:アメリカンカール)との日記と登山の記録です。

【登山情報】槍ヶ岳と播隆上人



 こんにちは。  以前、読書記録として新田次郎作の「槍ヶ岳開山」をご紹介しました。この小説は、槍ヶ岳を開山した播隆上人の半生を物語化したものです。播隆上人は少しマイナーですが、名僧侶でありつつ、槍ヶ岳を開山した名登山家でもあります。

   私自身 この小説を読んで播隆上人をはじめてしりましたが、興味深い人物だったので播隆上人について調べてみました。せっかく調べたので、調べた内容を纏めてみます。

 

 

 

1.槍ヶ岳とは

 今さら説明する必要もないと思いますが、槍ヶ岳は北アルプス(飛騨山脈)にある標高3180メートルの山です。いわゆる岩山で先端は、その名のとおり槍の穂のように尖っています。登山スポットとして非常に人気であり、数え切れなくらい多くの登山者が登っています。岩山のため、登山難易度は高かく上級者向けの山にあたります。立地から日帰りは難しく、通常は二泊三日で登山します。

 槍ヶ岳の登山シーズンは7月~9月です。山深く雪がとけないため、シーズンが短いです。猛者たちは厳冬期も登りますが、これはかなりの上級者。かの有名の登山家 加藤文太郎は、冬の槍ヶ岳で命を落としています。

 

2.播隆上人について

 小説ではなく史実の播隆上人の姿を追ってみました。やはり小説とは様相が違う点が何点もあります。

 

播隆上人の出生

 播隆上人は1786年に越中国新川郡河内村(現・富山市大山地区)で一向宗門徒の家に生まれました。一向宗門徒の家と言っているのは、寺院ではなく道場(どうじゃ)と呼ばれる施設のためです。道場は、寺院の形態をなしていないが、信者が集まって念仏を唱えた場所を指しています。

   なお、播隆上人の生まれた村は、昭和40年頃に廃村となっています。

 

 播隆上人の出家

  播隆上人は19歳で出家しています。出家の動機は、諸説あります。例えば、”家具職人なりたかったが不器用だったのであきらめたため。”や”婿養子に入ったが妻が早世したため”などです。小説では、一揆を原因として飛騨(岐阜県)の方へ逃げ込んだとなっていましたが、実際は違うようです。

 

 播隆上人の修行

  播隆上人は、山城国伏見町下鳥羽にある一念寺の蝎誉上人のもとで修業しています。ただ具体的にいつまで修行したかは不明のようです。最初は、浄土真宗に入ろうしたが、浄土真宗は血脈相伝のため入れず、日蓮宗に入り、最終的に浄土宗に入信したようです。播隆上人は寺院内での修行を終えると托鉢に出ます。これが槍ヶ岳や笠ヶ岳への登山へつがります。

 

 笠ヶ岳の再興

  笠ヶ岳は1500年頃に初登山がされているが、その後、廃れていまいた。これを播隆上人が再興したのです。播隆上人は、村人などと数回の登山を行い、登山道の整備などをして笠ヶ岳を再興しました。山頂には仏像を安置しています。この登山中では御来光の奇跡があったそうです。ちなみに仏像を作成したのは、小説にも出てくる弥三郎です。史実の関わりは不明ですが、彼も実在したそうです。

 

 槍ヶ岳の開山

  播隆上人は笠ヶ岳の再興後に槍ヶ岳を開山しています。槍ヶ岳の開山は、現地の村民である中田又重郎氏の手伝いのもと行われました。登山は、飛騨新道から大滝山へ登り、蝶ヶ岳へ向かい、そこから一度槍沢へ降りてから槍ヶ岳へ登っています。蝶ヶ岳は、穂高連峰と槍ヶ岳が見渡せるので、蝶ヶ岳から槍ヶ岳を見たときの上人は如何な思いだったか気になります。

  槍ヶ岳登頂は一回で成功しておらず、二回目の登山で登頂を成功しています。1回目と2回目の間では、東海地方へ托鉢へ行き、頂上に安置するための仏像の資金集めをしています。2回目の登山を行った1828年7月28日に槍ヶ岳の登山が成功しました。頂上には三体の仏像が安置されました。

  この槍ヶ岳開山により播隆上人の名前は松本地方や美濃周辺に大きく伝わったと聞きます。

 

 槍ヶ岳の開山後

  槍ヶ岳の開山後は、穂高岳にも上ったそうです。ただし、具体的に何穂高岳に登ったのか不明です。登ったのが8月1日であることは間違えないそうです。さすがに大キレットを超えた・・・はないでしょう。 

  槍ヶ岳へは弟子をつれた登山も行い、さらには資金集めをして鎖場を作成して登りやすくしています。(この時の鎖は現存なし)有名になりすぎ飢饉の折には、播隆上人が槍ヶ岳に登山したから飢饉になったのでは?なんて言われもしたそうです。

  最終的には1840年に岐阜県(美濃)で生涯を閉じました。

 

 

3.播隆上人の足跡を追える場所

 播隆上人の足跡に触れれる場所を2か所ご紹介します。残念ながら槍ヶ岳や笠ヶ岳には播隆上人が収めた仏像はないため、山では会えません。登山ルートも現在とは違いますし、上人が設置した鎖も残っていません。

 ① 松本駅前の像

  会えるといっても像です。松本駅のお城口駅前広場には、播隆上人の像があります。結構かっこいい銅像のなのでお勧めです。北アルプスのお膝元だけあり播隆上人への畏敬の念を感じます。

 

 ② 奥飛騨 村上神社

  奥飛騨にある村上神社には、播隆塔があります。この塔には笠ヶ岳へ安置した仏像が保管されているそうです。毎年、北アルプス飛騨側開山祭を行うなど播隆上人とは切っても切れない関係にあります。

 

 登山と言うと山頂に行くのが目的になりがちですが、過去の偉人の足跡を追うのも楽しいものです。よかったら行ってみてください。